〜狙撃される狙撃兵〜
 オルソン=アードバーグの記録

第3話

 MSハンガーの端にある一室。
 ここは毎回行われる戦闘の編成や作戦、機体構成の案を詰める場所である。
 通常は参加するチームメンバーがそこに集い、次回にどうするかを議論する場である。
 だが、それ以外にも利用目的がある。
 部屋の一角に機体構成を決めるための構成案を練ることができる端末が置いてある。
 俗に「MSAS」とか「MS計算機」と呼ばれる装置だが、機体の武装や改造に関しては各自の判断に任されるため、これを使えば機体の完成後の状態を確認することができる。
 大抵は毎日誰かがここに来ては、次回の機体構成を検討するためにやってきて、四苦八苦悩んでいるものだ。
 だが、既に1戦を終えたばかりの今、この部屋には誰もいなかった。
 いや、『fumblers』ハンガーのこの部屋には一人の男が屯していた。

「・・・みつかんないな」

 俺だ。
 『fumblers』のログ担当となった俺は、戦闘ごとに各自の通信記録(ログ)を集計し、連携状況を確認するためのデータの作成と、そこから撃墜した容疑者の特定などを行っている。
 まぁ、かなりしんどい作業だが、それなりにやりがいのある仕事だ。

「正体不明じゃ、探しようがないか・・・」

 俺はあきらめて、そうそうに調査用端末の電源を落とした。
 軽く背伸びして、席を立つ。
 ふと、今回の撃墜台詞が頭をよぎった。

「ククク、負け犬が」

 非常に不愉快な台詞だった。
 軽く頭を振って、俺は部屋を出た。

 ハンガーの端から出た俺の前には、突然増設ハンガーが組まれていた。
 誰か新しい奴が入ってきたのか?
 しばらくするとMS輸送トレーラー「サムソン」に搭載された朱いMSが増設ハンガーに運び込まれた。
 ハンガー番号は「fmb-09」と描かれている。

「MS-05B・・・・ザクI・・・か」

 サムソンからMS用ハンガークレーンで吊り上げられた朱いMSは、初代ジオン軍の最初に配備されたMSだった。
 定番となる初心者向けMSであり、最も生産台数の多いMS-06ザクIIの元となった機体で、MS-06系とは違い、駆動用のアクチュエータパイプが露出していないスマートな機体だ。
 標準色は緑と紺だが、この機体はパイロットの意向にあわせて綺麗な朱く染め上げてある。

「よ、あんたが隊長さんかい?」

 俺は背後から声をかけられた。
 肩越しに振り向くと、一人の青年が立っていた。

「一戦単独で出てみたけど、あれは凄いな。さすがにチーム組んでないとだめだな、これは」

 そう言いながら軽く笑う。
 これにいきなり単独参戦か・・・・
 血気盛んな青年・・・・ってところだろうか?
 
「俺は・・・はじめから単独で出るなんて無謀はしなかったよ」
「ふ〜ん、思ったより肝っ玉小さいんだな」
「臆病・・・・と言われるのには慣れてるさ」

 俺はそのままハンガー出口に向かって歩き出した。

「お、おい。俺はアッシュっていうんだ、連絡しただろ?」

 足を止め、軽く向きをアッシュと言う男に向けて、返事を返した。

「オルソン=アードバーグだ。残念ながらここのチームリーダーではない」
「なんだよ」

 残念そうに両手を軽く持ち上げて、ひょうしぬけだ、というポーズを取るアッシュ。

「あそこにいる青いジャケットの男が見えるか?あれがチームリーダーだ。じゃな」

 軽く指差して、数人と一緒にこちらへ歩いてくる青いジャケットの男を教える。
 青いジャケットの男と数人が近寄ってきた。

「よう、オルソン。まだやってたのか?ログ集計」
「簡単には終わらないさ」

 そう返事をして、軽く手を振る。

「お客さんだ、キ=シオウ。fmb-09が奴らしい」
「わかった、サンクス」

 青いジャケットの男・・・キ=シオウに案内だけ軽く済まして、再びハンガー出口に歩き出す。

「おい、オルソン。これから作戦会議するんだけど・・・」
「寝かさしてくれ。まだ一睡もしていないんだ」
「あっそ」

 俺はそのまま歩き出す。
 はやくベッドに横になって寝たい。
 そして、あの忌々しい台詞を忘れ去りたい・・・・ただそれだけだった。

「いよぉ〜!アッシュ!元気だったか!」
「よう!ベンニャ!生きてたか!」

 あいつら・・・・知り合いだったのか。



『ようし、いくぜ!ファンブラーズ!!』

 キ=シオウの勢いの良い掛け声で、全機が発進する。
 030425戦。
 青いリックドムの発進とほぼ同時に、赤、緑、黄、白のリックドムが白い推進剤の光を発しながら宇宙(そら)へ駆け上がっていく。
 続いて、推力の低いザク系が追従する。
 MS-06C灰色のザクII、RGM-79茶色のジムと同時に、MS-05B朱いザクIが飛び出す。
 最後にゆっくりと発進する俺のMS-06Kザクキャノン。

『オルソン、本官の上官があとから出てきてどないするんや?』

 今回、編成上は指揮を執ることになった児童兵M=シルヴィア・・・シルヴィがあきれたような声で交信して来た。

「07より08、お前より推力比が落ちるんだ。黙って俺の周りをぐるぐる回ってろ」
『本官はオルソンの衛星になれと?』

 とりあえず、索敵センサーのスイッチの感度を上げながら、答える。

「そうだ」
『しゃーないなぁ。オルソン弱いし、本官が守ってやるさかいな』
「言ってろ」

 やかましい娘だ。

『01より04、07。銀色のMS-21Cだ。03が既に攻撃を開始している。急げ!』
『04ハンス了解』
「07了解」

 早速、指揮指令が来た。
 俺はそのまま指示のあった標的を探して移動を開始する。
 戦闘宙域に到着すると、既にキ=シオウ、ベンニャ、岳狼、ムツキ、アッシュが戦闘を開始していた。
 青いリックドムが標的の銀色ドラッツェに急接近し、ヒートサーベルで切りつける。
 一瞬の交差の後、銀色ドラッツェが爆発する。

『一機撃墜だぜ!』

 キ=シオウの得意げの声が入る。
 見事なもんだ。

 しばらく散開して静観。
 索敵センサーに2機の機影が映る。
 俺はその方向にモニターを回す。
 ベンニャガイだ。灰色のMS-09Rリックドムを攻撃している。

「07より03。大丈夫か?」
『おお!いーとこにくるじゃんよ!』

 2機で並んで攻撃態勢を組む。

「07より08。灰色のMS-09Rが1機、ベンニャガイと交戦中だ」
『了解〜』

 シルヴィに指揮指令を出して、灰色のMS-09Rと対峙する。

『01より07、紫のRGM-79Cだ!ハンスが苦戦している』
「07了解。そういうわけだ、じゃなベンニャ。がんばれよ」
『お、おい!まてよ!うわ!ちょ、ちょっとまて!』

 機影の確認が出来ない4機ほどの攻撃を受けてパニクっているベンニャを尻目に、俺は標的の紫のRGM-79Cを探す。

「07より08。紫のRGM-79Cが1機、ハンスとキ=シオウが交戦中だ」
『了解〜。ところでベンニャは?』
「ほっとけ」
『了解〜』
 
 交信後に機影を確認した俺は、いきなり175mmライフルを発射する。

「当たれ」

 コックピット内に轟音を響かせて、175mmライフル砲弾がスパイラルを効かせながら紫のRGM-79Cに吸い込まれていく。
 とっさにシールドをかざしてその弾丸を受け止める紫のRGM-79C。
 だが、ハンスのショットガンで蜂の巣にされたシールドが、175mmもの大口径を受けきれる訳もなく、シールドが粉砕された。

「しめた!」

 俺は再び標的を合わせはじめたその時、ターゲット内にいる紫のRGM-79Cが全身に細かい火花を出したかと思うと、四散した。

『ふふふ、こんなところですかな』

 ショットガンで撃ち抜いたハンスが不敵に笑う。
 流石、ショットガンハンスの異名は伊達じゃない。

『なんや、もう撃墜したんか』

 シルヴィから残念そうな声が聞こえる。

「また隠れるぞ」
『了解〜。ところで、あの爆発光はベンニャのいたところとちゃうんか?』

 モニターには爆発光を指差す茶色のRGM-79が映る。

「かもな・・・・」
『了解〜』

 まぁ、安らかに脱出ポッドの中で眠れ、ベンニャ。
 あとで起しに行ってやるからな。


 しばらくすると、交信地獄が待っていた。

『01より07。白いRGM-79だ!いけるか?』
「07了解。07より08、白いRGM-79だ。キ=シオウが交戦中」
『了解〜』

『01より07。金色のMS-06Cだ!ハンスが苦戦している』
「07了解。またか?07より08、金色のMS-06Cだ。ハンスとキ=シオウが交戦中」
『了解〜。さっきの白いのは?』
「ほっとけ」
『了解〜』

『01より07。白いRGM-79だ!岳狼が相手をしている』
「07了解。07より08、白いRGM-79だ。キ=シオウと岳狼が交戦中」
『了解〜。さっきの金色のは?』
「ほっとけ」
『了解〜』

 モニターの正面に躍り出る 白いRGM-79。
 ハンスやキ=シオウが果敢に攻撃を仕掛けるが、かわされる。
 俺はターゲットに入ったところで、スイッチを引き絞る。
 直前、白いRGM-79の傍を175mmライフル砲弾が掠める。
 それを避けてよろけた所へ俺の放った175mmライフル砲弾が食い込んでいく。

「この修繕費は損金?資産計上?」

 そう叫んで、白いRGM-79は消えた。
 あとに残る脱出ポッドだけになった。

「One shot! One kill!」

 そう呟いて、初撃墜を上げた。

『やるじゃん!オルソン』

 アッシュからの感嘆の声が入った。

「運がよかっただけさ」
『じゃあ、本官は運が悪いんやな』

 シルヴィが疲れたように割り込んで言う。

『散々うろうろさせられた挙句に、オルソンの撃墜をみせられて、本官はどないせいっちゅーねん』

 俺は軽く笑って、

「そういうこともあるさ」

 とだけ答えた。


 黒いRGM-79LAが目の前を飛んでいく。
 黒いRGM-79Gが目の前を飛んでいく。
 あまり相手にしたくないのでそのまま見過ごす。
 相手にするにはもうちっと軽い相手がいいんだが・・・・・

ガン!

「がっ!」

 いきなり強い衝撃を受けた途端、計器からショルダーシールド破損の警報が鳴り響く。
 いきなり攻撃か?
 モニターを回すと黒いRGM-79LAがいた。

「さっきの奴か!」

 高速で動く黒いRGM-79LAにモニターがついていかない。

「07より01。黒いRGM-79LAだ。攻撃を受けている」
『01了解。まってろよ!』

 キ=シオウに応援を頼んで、俺は機体状態を確認する。被害はショルダーシールドだけか?
 再び黒いRGM-79LAが襲ってきた。

ガン!

「くそっ!」

 再び激しい衝撃を受けて、計器からショルダーシールド破損の警報が鳴り響く。
 これで両肩のショルダーシールドが機能しない。

「シルヴィ!どこにいる?」
『何ゆうてるねん。本官はぜんざいが食いたいんや』

 寝てるのか?

「しるこいる?なんて言ってない。くっ!」

ガン!

 三度激しい衝撃を受けた。今度は180mmキャノンが破壊された表示が出る。

『待たせたの、オルソン』
「ハンス!」

 緑のリックドムが黒いRGM-79LAの前に割り込んだかと思った瞬間、ショットガンが炸裂!
 あっけなく黒いRGM-79LAが閃光に包まれた。

「助かったよ、ハンス」
『貴殿が無事でなによりです、オルソン』

 そう言って、戦線に復帰するハンス。
 チームワークを痛感した一幕だった。


 その後、謎の機体に360mmバズーカを3連発で当てられて撃墜された。
 そういうときに限って、味方はいなかったりするんだが。
 回収機で戻ってくると、ハンガーには暗い表情の男が二人。

「よう・・・・どうだった?」

 顔に青筋を立てながら、ベンニャガイが寄ってきた。

「撃墜1。20分で墜とされたがな」
「そうかい、俺は6分で墜とされたよ。お前、冷たいのナ」
「残念だな。文句は俺に言うなよ。指揮指令優先だしな」

 ガックリとうな垂れてとぼとぼと帰るベンニャガイ。
 ご苦労様。

 トレードマークのキャップを顔に被せて長いすに寝ているはてるまがいた。
 彼も3分で撃墜されたらしい。
 とりあえず、声をかけないことにした。
 落とされたショックはなかなか癒えないからな。ましてや短時間被撃墜では・・・・な。

「楽しいものを見させてもらったよ」

 そう言ってにこにこして近寄るアッシュがいた。

「俺とは逆の戦術だけど、なんか面白く組めそうな気がするよ、よろしくな」
「まぁな・・・・」

 軽くベレー帽を取って挨拶すると、俺は皆に声をかけた。

「戦闘記録ははやめに端末へ放り込んでくれよ。今日もまた徹夜になりそうだしな」

 とりあえず、初撃墜だ。
 嬉しさを隠すために、わざとログ集計を急ぐそぶりを見せる。
 俺もシャイだな・・・・・と思った。


つづく。