〜狙撃される狙撃兵〜
 オルソン=アードバーグの記録

第2話

 さて、今回は「はじめてのMSBS」…ってところかな?


 高さ数十メートルの天井。
 見上げると煌々と照明が照らされている。
 かなりだだっ広い、大きな建物…というか、俗に言うハンガーと呼ば
れるスペースだ。
 ここは、NESTEC fumblersの専用ハンガー。
 3人から俺を含めて5人が増え、急造で5機分のハンガースペースが作
られていた。
 そして、各メンバーの選択した機体が順番に据え付けられ、MSBS参加
者IDに基づいて割り振られた整備員部隊が、各々の担当である機体を整
備していた。
 8機分のスペースのうち、1箇所はまだ機体が設置されていない。
 スペース番号は「fmb-07」と書かれている。
 つまり、俺の機体がないのだ。

 俺はまだ、どの機体を使うかに悩んでいた。
 もっとも、それほど多くの機体を選択できるわけではない。
 自分に割り振られたポイント内で機体を選定し、同時に武装、改造の
内容も決めなくてはならないのだ。
 俺は何も置かれていないスペースの前で頭を捻った。
 手には機体の一覧表、武装リスト、改造指示書を持っていたが、それ
を見てもイメージはわかない。
 だいたい、MSに乗るのは訓練以来の話で、機体特性なんてまったくわ
からないからだ。

「MS-06C ザクII…か」

 他のスペースに目をやると、スペース番号02、04、05に俺のつぶやい
た機体、MS-06CザクII、通称 "核ザク" が設置されていた。
 標準的な機体であるザクIIシリーズの中では耐核攻撃を想定した重装
甲のMSであり、装甲の厚さから初心者の評価が高い機体だ。

 スペース番号02、黒く塗装された06Cは、岳狼の機体だ。
 ショルダーシールドを両肩に各1枚、120mmマシンガンとヒートホーク
を装備させ、機動力をカバーするために背面に大型スラスターを装備し
ている。
 そして、隊長機らしく指揮官用アンテナを装備しているところが、あ
の男らしい雰囲気を醸し出している。

 スペース番号05、赤く塗装された06Cは、はてるまの機体だ。
 基本的には装備は岳狼の黒い06Cと同じだが、機体のまわりで整備員
がスラスターを取り外して、なにやら加工している。
 どうやら、スラスターのチューンナップを施しているようだ。

「おーし!それも外しちまえ!」

 作業員の怒号が飛び交う。
 なにやらおおごとな作業をしているのは、緑色に塗装されていた06C、
ハンスの機体だ。
 主要な装甲を外して軽量化しているようだ。
 240mmバズーカを横の武器ラックに設置して、装甲の取り外しとスラ
スターの調整を行っている。
 どうやら、軽量化で推力を稼ごうという作戦らしい。

「まだ決めてないの?」

 ふと後ろから声がした。
 振り返るとショートカットヘアの美女が冷たい視線を投げかけていた。
 ムツキだ。
 腕を組んで俺を睨む。
 何か、悪いことしたかね?

「元、戦闘機乗りなんでしょ?これでいいじゃん」

 そう言いながら顎で自分の機体を指す。
 ムツキのハンガー…fmb-06と書かれているスペースには戦闘機が配置
されていた。
 FF-X7B コアブースター。
 ムツキのパーソナルカラーである灰色に塗装されたその機体は、かつ
て連邦軍の宇宙戦闘機として活躍した名機だ。

「宇宙空間戦は初めてでね。それに戦闘機から離れて久しい…もう自信
 がないのさ」
「ふん。弱気だね」

 そう言い放ってムツキは自機のタ搭乗ラップに向かった。
 俺はそれを見届けつつ、他のスペースの機体を見に歩き出した。

「やはり、これかな…」

 そうつぶやきつつ見上げた機体は、濃い黄色で塗装されたMSだった。
 MS-06K ザクキャノン。
 射撃性能に優れ、射撃を得意とする、俗称 "射撃屋" 達が最初に愛用
する機体…と言われている。
 目の前の機体は、その名前がついた所以である180mmキャノン砲を装
備し、手には連装AMSミサイルランチャーを構えている。

「よう!どうしたい?」

 ベンニャガイがすっ頓狂な声を上げて近寄ってきた。
 ニヤニヤしながら、油で汚れた手をツナギに擦りながら、だ。
 整備員が信用できないのか?それとも拘りなのかわからないが、どう
も整備員と一緒になって弄くっていたらしい。

「どうだい、俺の機体は。かっちょええだろう?」

 片目をつぶって親指で愛機を指差す。
 かなりご機嫌のようだ。

「そうだな。参考になるよ」
「なんだよ、まだ機体決めてなかったのかよ」

 あきれた様に言う。
 お前には言われたくないがな。まぁ、仕方がない。

「いきなり参加しろ、と言われて、ホイホイとできれば苦労はない」
「へ、他の4人はさっさと決めてたぜ」

 そう言ってハンガーに並ぶ機体を見回した。
 俺も一緒になって見回す。
 確かに、ハンス、はてるま、ムツキ、そしてシルヴィアもが自分の機
体を決めてそうそうにそれぞれの整備班長に頼み終えていた。

「お前の場合、ジムキャかコレが無難じゃねぇの?もしくはムツキと同
 じ戦闘機とか…」

 偉そうにふんぞり返りながら俺に指南する。
 まぁ、間違いじゃないから、反論のしようもない。

「おー、整備のにいちゃんたちきたでー」

 隣のスペースにいる岳狼に向けて、遠くからシルヴィアが叫ぶ。
 俺達がシルヴィアのほうを見ると、シルヴィアの両脇を、第8整備班
の整備員達が流れ込んできた。
 たちまち、シルヴィアの機体 - RGC-80 ジムキャノンと岳狼のMS-06C
に張り付き、整備がはじまった。
 それを見守りながら、俺はベンニャガイに返事した。

「そうだな…同じのを頼むか」
「ん?ジムキャノンかい?」
「いや、お前と同じ06Kだな」

 すると、嫌そうな顔で、

「え゛〜、お前と一緒か?」

 とかほざく。
 うるさい。

「さて、ピッシガータはどこいったかな?おーい、おっちゃん!俺の06
 Kなんとかしてくれぃ」

 そう叫びながら、第4整備班長のところへと立ち去っていった。

「俺も依頼出すか…」

 手に持った機体表のMS-06Kに赤印を付け、俺は第5整備班長を探しに
ハンガーを出ることにした。
 きっとどこかのチームのハンガーに居るに違いないからだ。


『…制限時間は30分です。時間経過後は機体が自動で止まりますので
 耐G衝撃に注意してください。』

 競技監視システムからの説明アナウンスが流れる。
 俺は愛機のコックピットで機体の最終チェックを済ませる。
 いよいよ、初めての戦闘だ。
 機体はMS-06K ザクキャノン。
 180mmキャノン砲と120mmマシンガンを装備させ、大型スラスターとセ
ンサー系を強化した改造を施してもらった。
 それにしても、直前の機体選定、改造依頼でも迅速に処理する整備班
は凄い。
 当日の朝には全ての準備は整っていた。

「耐久力がさがってるから気をつけろよ。がんばれよ!アミーゴ!!」

 整備班長にそう発破をかけられ、機体に乗り込んだのはホンの数十分
前だった。

『フィールドに到着しました。各機散開してください』

 フィールドとなる宙域まで俺達を輸送する輸送船の駆動音が収まり、
フロントハッチが開く。

『よし、各機出るぞ』

 無線越しにキ=シオウの指示が出る。

『05、了解』
『02、了解。ハンス、ベンニャガイ。聞こえるか?』
『あいよー』
『了解』

 次々に応答して宙域に飛び出していく。

「07、了解」

 俺はキ=シオウの青いRGM-79GSジムコマンドに続いて発艦した。
 同時に茶色いRCG-80が発艦する。シルヴィアの機体だ。
 輸送船から離れて、発艦した輸送船にモニターを向けると、甲板上部
からムツキのコアブースターが発進してきた。

『へへー、たのしみやわぁ〜』
『あんた、これは遠足じゃないんだよ?』
『おっと、機体が軽すぎたかな?』

 仲間の交信が聞こえてくる。
 俺はそれを頼りに、機体を誰もいない方角に向けて静止させた。

『戦闘開始です!』

 俺達は近場を浮遊する障害物に機体を寄せて、敵の出現を待つ作戦だ。
 まずは何も見えない。
 センサーを最大限に稼動させ、索敵する。
 複合型ロングレンジセンサーが唸り、レーダーの表示が変化していく。
 だが、見つからない。

 突然、モニターの目の前に2機のMSが現れた。

「!」

 黒いMS-09Rリックドムがいきなりショットガンを構えて撃ち出す。
 俺は咄嗟に機体を反転させて、ショットガンの銃口にショルダーシー
ルドを当てる。
 爆発!ショットガンが火を吹き、ショルダーシールドに散弾が食い込
んだ。
 ほぼ同時に緑のMS-09Rがヒートサーベルを振り下ろしてきた。

「チィ!」

 慌てて操作するが、間に合わず機体を切られた。
 轟音とともに衝撃がコックピットに走り、コンソールに火花が走った。
 次々に計器機能が停止する。

「わぁ!くそぉ!おい、こら、動けぇ!!」

 俺は混乱して操縦桿を乱暴に動かす。だが、機体は言うことを聞いて
くれない。

「キ=シオウ!聞こえるか?キ=シオウ!ごわっ、おい、言うことをき
 けぇ!!」
『どうした?』

 キ=シオウに通信が届いたらしいが、こちらの状況は伝わらなかった
らしい。
 黒いMS-09Rがショットガンを構えるのが見える。
 だが、操縦もままならず、避けることも反ることもできなかった。

『俺にもできた』

 その微かな混信の中に、黒いMS-09Rの無線らしき声が入った途端、機
体に散弾のめり込む音が聞こえた。
 その後、ゆっくりと脱出ポッドが稼動し、俺は宇宙空間に放り出され
た。

 俺は撃墜された。


 戦闘時間はわずか3分だった。
 無事、回収船に収容され、ハンガーに戻ったが、チームで機体ごと帰
還できたのははてるまとシルヴィアだけだった。

「よう!初の戦闘はどうだったかい?」

 キ=シオウが戻ってきた。
 彼も開始4分で撃墜されたらしい。

「どうもこうも…3分じゃ何もわからん」
「だよな…まぁ、次回もがんばるしかないからさ」

 そう言って俺の肩を叩くと、他の初参加者のところに移動した。
 ちゃんとフォローはするんだな。いい奴だ。
 俺はキ=シオウの後姿を見送りつつ、次回のことを考えていた。

「次は帰還したいしな…」



 …ってなことで、俺の初戦の模様だ。
 結局、次戦であっけなく帰還できたんだけどな…。
 まぁ、また話を聞かせてやるよ。


つづく。