〜狙撃される狙撃兵〜
 オルソン=アードバーグの記録

序章

 これは半年以上前の話だ。

 俺は暗いコックピットの中に潜んでいた。
 フロントスクリーンに映し出される輝く星空を眺めながら、俺は機会
を伺っていた。
 こんな緊張感はどのくらいぶりだろう?
 操作スティックを握る手は、グローブの中で軽く汗をかいている。
 コックピットの周りからは、ジェネレータの稼動音が波をともなって
うねるように聞こえる。そして、俺の周りを囲む計器の発するLEDの光
が全ての状態が正常であることを示している。

 ここはモビルスーツのコックピット。
 閉鎖されたこの空間は、戦闘機のコックピットというよりも、戦車…
に近いかもしれない。いや、戦車よりは充分に広い空間は、ちょっとし
たセスナ機のコックピットルーム並みか。
 座席周辺に機能的に配置された計器類は、戦車かむしろ旅客機のコッ
クピットに近いかもしれない。 
 だが、セスナ機や旅客機と明らかに違うのは、正面の大型スクリーン
が唯一の外界を確認できる手段であるということ。そして、スクリーン
に映し出された数々の情報と十字に切られたターゲットは、あきらかに
戦闘行為をするための表示であった。

 全ての計器が正常を示し、敵の存在を確認できなかったとき、ふと何
かを感じた気がした俺は、同時にモニターの表示方向を切り替えた。
 そこには、星明りに晒された人型が宇宙空間を漂っていた。
 紫色のMS-06K…ザクキャノン。
 モビルスーツだ。
 全長20m前後の人型兵器。
 俺が今操縦しているMS…モビルスーツの略だが…と同じ機体だ。
 奴も敵を探して構えている。
 俺は早速とばかりにMSに装備した175mmライフル砲を構えさせ、ター
ゲットを奴に合わせる。

『01から07!オルソン!標的は黒いMS-09RIIだ!こっちに来てくれ!』

 若い男の声が無線で入った。
 突然の僚機の指令に、軽く舌打ちしながら返答をする。

「07から01、指令受領。標的を変更する」

 紫のMS-06Kに背を向けて、機体を標的のMSに向ける。
 惜しい…あれなら一撃で落とせたものを…
 ザクキャノンというMSは射撃特化型のMSのため、装甲はあまり秀でて
いない。相手に気がつかれていない今なら一撃で撃墜することも不可能
ではない。が、無論それは今乗っている自機も同じMS-06Kであり、同じ
危険を持っているともいえるが…

『ちっ!01から07、標的を黒いMS-09Rに変更!』
「07から01、指示受領。標的を変更する」

 指示に従い索敵をすると、スクリーンに黒いMSの機影が見えた。
 MS-09Rリックドム。重モビルスーツだ。
 機影を捉えた方向から何かが飛来する。
 スティックを操作して軽く機体をスライドさせて避ける。
 MSの腕だ…
 形からして、MS-09RII リックドムIIの腕…さきほどの標的か?
 既に戦闘は始まっていた。
 黒いMS-09Rに数機のMSが攻撃をしかけている。
 青いリックドムと黄色いリックドム、灰色のザクII FZ-B…僚機だ。

『おせえぞ!オルソン!はよ仕掛けろや!』

 素っ頓狂な声で俺を焦らせながら、ヒートサーベルで黒いMS-09Rに切
り込んでいく黄色いリックドム。

『あたしがいただくからね!邪魔しないでよ!』

 若い女の声がする。同時に灰色のザクII FZ-Bが240mmバズーカを黒い
MS-09Rに撃ち放つが、外れた。

 俺は飄々とターゲットを黒いMS-09Rに合わせて、奴が背を向けたとこ
ろで175mmライフル砲の引き金を引く。
 俺の指に連動し、MSの指が175mmライフル砲のトリガーを引き絞る。
 MSの腕を伝わってコックピット内に鈍い音を響かせて、その砲弾が発
射する。
 砲弾はするするとターゲット内の黒いMS-09Rに吸い込まれていったが、
振り返った奴のシールドに命中した。

「…ちっ」

 シールドに被弾した175mmライフル砲弾の、そのエネルギーはMSを一
撃で撃破しかねない貫通力を誇る。結果、奴のシールドは粉々に破壊さ
れた。
 黒いMS-09Rはシールドの残骸を投棄した。

 直後、コックピット内に激しい衝撃が襲いかかった。
 計器類が警告を発し、モニターに重なって機体損傷状況が表示される。
 肩のシールドが破損。
 しばらく間を置いて、コンピュータは敵武装が固定式強化ビームガン
であると表示した。

「…な、なんだ?」

 機体を操作して、近くの漂流隕石に身を隠して索敵する。
 機影は見当たらない。

「…くっ」

 索敵センサーを最大パワーで稼動させる。
 二重化されたミノフスキー対応センサーがうねりを上げて捜索する。
 すると、銀色のRGM-79GSを発見した。
 こいつがさっきの攻撃の主だろうか?
 だが、先程のあまりの攻撃の威力はただものではない。

「…」

 分の悪さを実感した俺は、そのままやり過ごすことにした。
 直後、再びコックピットに激しい衝撃が襲う。
 奴じゃない!どこから…
 俺は再び周囲を警戒するが、機影が見えない。

『01から07!オルソン!青いMS-06Cだ!やれるか?』

 また僚機からの指令だ。
 この状況を抜け出すには丁度良い。

「07から01、指示受領。標的を変更する」

 そう返答して、俺は新たな標的に機体を向けたとき、目の前に黒い
FF-X7Bコアブースターが躍り出てきた。

「何?」

 突然の出現に戸惑っている間に、機体両端のビーム砲がスクリーン目
掛けてまっすぐ飛んできた。
 固定式強化ビームガン…こいつか。
 直撃を受けて、俺の機体ははげしく四散した。脱出ポッドが射出され、
俺は戦線を離脱した。

 その際、敵機とおぼしき無線通信が擦れ気味に脱出ポッドの無線機に
入ってきた。

「ククク、負け犬が」

 屈辱的な台詞だった…


 これはMSBS…。モビルスーツ同士でのシュミレーションバトルである。
 ジオンも連邦もない。
 ただ、数百機のMSが宇宙空間で繰り広げられるバトルロイヤル。
 但し、チームを編成すれば、少なくとも味方からは攻撃されない…は
ずだ。

 俺は回収機での帰還後、ブリーフィングルームに戻った。
 そこには仲間達が屯していた。
 チーム成績は8機中2機帰還。帰還はできなかったものの、撃墜するこ
とはできた奴もいた。

「いきなりフルアーマーガンダムを撃墜かぁ!おめでと〜」
「3機撃墜とはやるな〜」

 撃墜、帰還できなかったものの、それなりの戦果をあげた奴達は、明
るく戦績を称えあっていた。
 あまりの疲れと憤りで、端のベンチに座り込む。

「どうした?」

 髭面の男が声をかけてきた。
 仏帳面で、その容姿はまさに歴戦の勇者か叩き上げの下士官…という
感じだが、俺より年下というのが信じられないほどの貫禄がある。

「ああ…まぁな」
「ふ、まだ3戦目だ。いちいち気にしていたら気がもたないぞ」

 今回、奴は俺より早く撃墜されて回収されていた。

「気にしてくれて感謝するよ、軍曹」

 男は軽く口元に笑みを作ると、背を向けて軽く片手を挙げた。

「別に…最終階級は "軍曹" じゃないがな…」

 そう言い残して賑わいの中に混じっていった。

「そやそや、気にしてもしゃーないさかい、あっち混じろ?」

 突然背から少女が声をかけてきた…これも、一応同じ仲間…つまりMS
のパイロットだ。
 振り返ると、彼女は満天の笑みで俺を覗き込む。

「な?」

 そういって手をひっぱる。

「お前は…突然顔を出すなよ」

 諦めた。
 ここは、一人でしょぼくれているようなしけた場所ではなかった。
 俺はベンチから立ち上がり、連れられたかのように輪の中に加わるこ
とにした。

「おめでとう、撃墜&帰還の各位。で、早速だが俺の仕事はまだ残って
 いる。悪いが各戦闘記録を出力して渡してくれ・・・・・どうした?」

 俺の台詞に輪になった一同が豆鉄砲をくらった鳩のような顔になった。



 これが、俺がMSBSに参加し始めた頃の様子だ。
 いまじゃチームの人数も多くなって、けっこう騒がしいチームになっ
ちまったが、まぁ面白い連中だ。
 そんな訳で、しばらく語らせてもらうよ。


つづく。